天狗になるということの恐ろしさ

俺は合宿免許で2回検定中止になった。

車の免許取得の際、仮免検定と卒業検定という検定がある。仮免検定の1発合格率は50%だというが、卒業検定の1発合格率は90%を超えるらしい。


俺はその卒業検定に2回落ちた。ちなみに1回目は赤信号を通過。2回目はミラーの接触による事故だ。2回で合格する確率が9/10×9/10で99%なよで、俺は100人に1人の選ばれし人間ということになる。


1回目は受かるだろうとタカを括り、漫然運転をした結果、検定中止。漫然運転はやめようと意識を高く臨んだ2回目では、ミスをしたことのない車道外側線の停車で左前ミラーをポールにぶつけ、検定中止。


1回目は予想外の問題とはいえ意識の問題だったので、意識を変えようと努めたが、2回目は完全に予想外のミスだ。


凹んだ。どうして練習中はうまくいってたのに、本番で失敗し、結果、その辺のぺーぺーより遅く卒業しなければならないのか。



「練習中はうまくいってたのに。」

これが引っかかった。



ひょっとしたら、俺の意図しないところで大丈夫だろうとタカを括り、漠然と上手くいってきた勘を信じきり、コツ、ポイントを掴むという意識、また初心を持って練習に臨まなかったのかもしれない。そう思った。


つまり、天狗になっていたのだ。


自分の能力を過信し切り、やった項目を見返さない。このような甘い認識で運転に臨んだから落ちたのだ。


今1度、当たり前のことを当たり前のようにやる。当たり前のことに感謝する。これを徹底すれば天狗にはならない。いつでも謙虚でいれる。


これを機に真面目一徹で固くなる必要はないが、スマートに謙虚学びをする必要はある。見下す対象だとしても、そこから学べることもある。


天狗は無自覚で恐ろしい。卒業検定を通してそれを学んだ。